友人から下の写真と一緒にメールが流れて来ました
このプロジェクトには、他の友人数名からも物資の提供もあったようで
義捐金で精一杯だった私は、正直感服しています
友人からは是非 愛知ボランティアセンター
を紹介して欲しいとありましたので、ここで紹介させてもらいます
先ずもって、参加するにあたり、多くの方に「気をつけてな!」と
声を掛けて頂けたり、〇〇、〇〇、〇〇からはセンターで不足していた
土のう袋を提供してくれ、他に、ドリンクや軍手、〇〇からは怪我するといけないから安全靴を提供してもらいました。
改めまして、皆さんの御蔭で無事に怪我なく帰って来れました。
ありがとうございます。
さて、私は愛知ボランティアとして車中2泊で石巻の予定でしたが、
南三陸町へ変更になりました。

写真は防災センターですが、ここで最後まで住民の為に、津波の避難を無線で
呼びかけ、流されて亡くなられた「遠藤未希さん」の勤められていた所です。
最後まで避難を呼び掛けた南三陸の遠藤未希さん
南三陸町は約16mの津波が来たそうです。


黙礼をして、気持ちを切り替え地元ボランティアセンターに行き指示を仰ぎました。
1軒のとあるお宅に訪問になったのですが、
「家の中より、外に流れてしまった位牌と大黒様を探してほしい」との事を
言われましたので、約30人態勢で、がれきを撤去しながら、側溝掃除も兼ねて丸1日かけてやりました。
終了予定時間の40分前に
位牌が見つかって、被災された方は涙流して、喜ばれていました。
2日目は、半日は昨日の続き。半日は、避難所の子供達と遊んでほしいと言われました。
鬼ごっこ、サッカー等、現地で遊べる遊びは子供達の言われるままに付き合いました。
その最中でも「僕のじいちゃん流されて見つからないんだ。でもそこに飛んでいるヘリコプターが捜してくれていて、この前、あの子のおばあちゃんが海で死んでいる所、見つけてくれたんだよ」って話をしてくれました。
心のケアーの一環として遊びのボランティアがあることは知っていました。
でも、現実は子供たちが知らない人に話をすることで、現実を受け入れ気持ちを切り替えようとしている面を直接感じました。
高学年になるにつれて、最初は微妙な距離感がありましたがサッカーをして、距離感が縮まり、その子、その子で当時(3月11日)の事を自ら話してくれました。
子供達もまだ、恐怖と不安、避難所生活にストレスを抱えていると感じた日でした。
今回、現地に入りすごく貴重な体験をしたと思います。
今後、私の役目はそのリアルな現地の事を伝え続ける事として、月に1回、現地に行く事を決めました。
その為に、会社をもっと廻せることのできる環境作りをして、今後会議で決めますが、月売上の1%を愛知ボランティア通じ寄付していきます。
多くの募金をする為には、売り上げも上げないといけません。
経営者として、具体的に何をすれば現地の子供達に本当の笑顔に戻ってもらえるかも経営計画で立てて行きます。
最後になりますが、被災地は写真の様に悲惨な所は県の半分もありません。
他は、普通にデパート、コンビニ、家があり観光地もホテルも営業しています。
津波での悲惨さは目の当たりにしましたが、地震の被災は外見で分からないくらい、今の建築基準のすごさに驚いたくらいです。きれいな街並みでした。
イメージで勝手に全滅や、原発の問題ですべてがダメって感じているかも知れませんが絶対にそんなことはありません。
現地の復興支援の為にも、お盆休みなど東北に観光に行ってあげて下さい。
新幹線も全線開通しています。
現地でお金を使うことも、大切な復興支援です。ぜひ私からもお願いします。